まほろば通信Gallery
「つまらない。こんなにいい天気なのに」
美夜受媛はいささか機嫌が悪い。
自分だけが政(まつりごと)についての講議を受けている状態が面白くないのだ。
「媛さま、よそ見をしなさるな」
とりあえずは現在の師である塩土(しおつち)が注意した。
塩土の爺はもともとは媛の守役でもある。
媛のまだごく幼い頃に相次いで亡くなった両親の後を継いで、領地を治めるために努力を続けてきた兄・稲種(いなだね)のよき補佐役でもあった。
年の離れた兄、稲種は近々、大和の王子の軍に従ってゆくことが決まっている。
王子の軍は数日前から、この地、尾張に滞在していた。
「兄ぎみが留守のあいだは媛にしっかりと換わりを勤めていただかねば」
と、塩土の講議に熱が入る。
---- 私はそもそも巫女なんだし。
媛も自らの役目は充分に承知しているのだが、いまはなによりも気になることがあった。その大和の王子のこと。
王子とは前に一度出逢っている。
男装して狩りの場にいた媛を彼は少年だと信じて疑わなかったようだが。
その時、媛に同行していた男達の誰もが恐れて近寄らない神奈備の森にも王子は躊躇することなく足を踏み入れた。
そしてその地で獣を狩ることもしなかった。
人を忌む尾張の神が王子に敵意を示すこともなければ、王子が神を怖れているふうにも見えなかった。
---- はじめてだ。ああいう男は…。
噂に聴こえてくる勇名にふさわしからぬ優し気な顔だちと静かな微笑。
…彼のことを考えると媛は我知らずぼんやりとしてしまう。
かの王子は今日は兄と共に領地の視察に出掛けている。
だから媛も同行したかったのだ。
表は午後の柔らかな陽射し。矢も盾もたまらなくなって媛は表に飛び出した。
老人の声が追ってくるが、振り向かずに物見櫓を目指す。
あの場所ならば、いち早く人の出入りもわかるはず。
櫓の上では見張りの兵士が慌ててその場所を空ける。
見晴らす方に数騎の人影が見える。
---- 帰ってきた!
館の柵の中に入ったところで彼らは馬を降りた。
声をかけようとしたその時、背後から老人が引き止めた。
「戻りなされ、媛さま、まだ今日の講議は済んでおりませぬ」
「じい、登ってきたのか、わざわざここまで」
「眼を離すと媛はどこへ消えなさるかわからんのでな」
館の方に歩み寄る兄と王子たち。
思わず媛は叫んでいた。それと同時に櫓の柵を軽々と乗り越える。
「ひっ、ひめさま~!!」
老人が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「タケルー!!」
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頭上からの声に反射的に身体が反応した。
駆け寄る目前に翻る裳裾と長い髪。
いくら軽くてもこの高さでは、と無意識に身体は受け身の体勢を取った。
両腕の中に媛を受け止めると同時にタケルは彼女を抱えたまま転倒した。
跳ね起きて媛の無事を確認しようとした途端、息を弾ませた媛がしがみついてきた。
「きっと受け止めてくれると思った!」
---どうやら媛はタケルが受け止め損ねることなど微塵も想定していないらしい。
息を吐いた時、櫓の上で慌てふためく兵士達の声が聴こえてきた。
塩土の老人はその場で卒倒しているらしい。
「老人をあまり驚かせるのはどうかと思うな」
タケルは苦笑いした。
「大丈夫だ。暇じゃ暇じゃとこぼしておるゆえ、じいには私の心配をさせておいてちょうどいい。
あまりに暇でボケてもらっても困るし」
と、いたずらっぽい笑み。
案の定、早くも正気を取り戻したらしい老人が物見櫓の上から湯気を出して怒鳴っている。
「それにこうなったらタケルも同罪だし」
その強引さに呆れつつも憎めない。タケルは思わず笑ってしまった。
媛を鞍の前に乗せて再び野を駆ける。
----もう一度、夢が見れるのかもしれない。この少女となら…。
暖かな胸の鼓動を彼は腕の中で感じていた。
…………文才のなさがひたすら悲しいです(泣)
記紀によると美夜受媛とは東征の途上で出逢ったことになっています。
が、うちのタケルの場合、あの性格だと二人を同時に愛することは出来そうにないので、
美夜受媛との恋は弟橘媛と死別後という設定にしました。
もしかしたらそれ以前にも恋愛抜きで出逢っている可能性もありますが。
どのみちその時は媛の方が幼すぎたのでしょうし。
まあ、このあたりはあくまでもオリジナルの展開だということですね(汗)
パース云々を無視してすごく適当な背景を描いてしまいました。
さすがに2枚同時に描くというのは結構しんどいものです。
でもどうしても1枚では納まらないと思ったので…。
この形式で描き始めてから、線画を鉛筆線のままで処理してるんですが、
もしかしたらこの方がはっきりした画面になっているかもしれません。