まほろば通信Gallery
不思議な予感に導かれて、弟橘媛は森をさまよっていた。
それは予感というよりも胸騒ぎに近いものだった。
人が陽の光に、あるいは強い火に畏れを抱き、それでも惹かれずにいられないような…。
怖れる気持ちよりもなお強いものが媛の胸に沸き立ち、いてもたってもいられないのだ。
こんなふうになったのは初めてのことだった。
神の声はいつも自然に媛の脳裏に浮かんだし(それは声というよりも映像に近いものだ)
どのような神にも巫女としての畏れなど抱いたことがなかったのに。
怖い…けれども私は行かなくては…。
そうしてどれほどの時間、あてもなく森を歩いたのか…。
さすがに疲労感を覚え、ふと彼女はいつのまにか自分が領布を失っているのに気付いた。
大切なものなのに…。そのままにして立ち去るのは領布を献上してくれた
織り女に申し訳ない気がした。あの泉のあたりかもしれない。
媛はさきほど自分がしばし佇んでいた泉を思い出した。
滾々と湧き出る綺麗な泉は森を住処とする動物達の水飲み場にもなっているようだった。
鹿や兎や栗鼠などが人を恐れる気配もなく、水を飲みに来ていた。
…そういえば…。媛は自らもかなりの渇きを覚えていることに気付いた。
泉のきわまで引き返した媛はかすかな水音を聴いた。
またなにかの動物が水を飲みに来ているのだろうか。
人を怖れないといっても、いきなりの動作にはやはり動物も驚くだろう。
彼女はなるべく気配を消して静かに水辺に近付く。
ああ、やはり…。くだんの領布は泉の際の茂みに引っ掛かっている。
媛は静かに手を伸ばした。
その時、一陣の風が軽い領布を巻き上げて、それは水面近くに舞い落ちた。
必死でその端を捕まえた時、もう一方の端が水の上ではなく人の腕に落ちたのに
気付いた。人がいるなんて…。
泉の中にはひとりの青年。まだ少年と呼べるくらいの年頃の…。
彼の存在に気付くのと同時に眼が合った。
途端に胸に込み上げる炎のような想い。奇妙ななつかしさ…。
あの瞳には覚えがある。夜毎、媛の夢を訪れる少年はあの眼をしていなかったか。
媛の夢に現れる少年は少しずつ成長していた。10才前後とおぼしき年齢から、
数年、媛が成長すると同じように夢に現れる少年は成長していたのだ。
その少年に初めて出会った時の記憶が一度に甦った。
父と訪れた日代宮で…あれは…。
「小碓王子(おうすのみこ)…」彼女は我知らずつぶやいていた。
雷(いかづち)に打たれたような気がした。
ついで「現し世の我が神…」という言葉が溢れ出た。
これから先の自分の運命が人の形を取った、ということが
なんのためらいもなく彼女の心に染み込んできた。
雷に打たれた状態なのは小碓の方も同様だった。
彼も即座に思い出していた。かつてほのかに恋していた少女。
面影はそのままに麗しい乙女の姿をして彼の目前に現れた。
なんと声をかければいいのだろう。彼はただ動けなかった。
そのまま、二人が互いの眼を見つめたまま、どれほどたっただろうか。
ふと我に返ったのは媛の方が先だった。
小さな悲鳴をあげて走り去る彼女を小碓は呆然と見ていた。
彼の手には領布が残されたまま…。
(追わねば!)と思った瞬間にようやく彼は裸の自分に気付いて慌てたのだった。
----------------
今回ちょっと冒険してしまいました。このあいだから、
どうしても妄想モードが入ってしまって、
ストーリーに関係あるシーンや、関係のないシーンやらがぽこぽこ浮かび、
そのうちにどうしても描いてみたくなった次第。
でも、一応清純派サイトとしましてはどこまで描いていいのかなあ、という悩みは残ったのですが、
これくらいなら別に普通の少女漫画にもありそうなシーンだからいいかなあ、と。
タケルと弟橘媛の再会のシーン(すなわち即、恋に落ちるシーン)というのは
いくつかのパターンがあって、まだどれとも決まっていない状態なんですが、
その中の比較的平和なパターンを描いてみました。
描き方もいつもとは違います。線画も鉛筆のままなんです。
だから線画の色も変えていません。唯一変えたのは領布だけですね。
あとは鉛筆線をそのまま生かしました。ただ全体にセピア系の色に変更はしましたが。
ふたりの年齢も設定よりもちょっと大人っぽくなっています。
これはひたすらにタケルの身体のせい(笑)スリムだけど、
しっかり筋肉はあるのよね~という理想のもとにデッサンしたら、
なんだか「少年」よりも「青年」になってしまって…(汗)難しいなあ…本当に。
しかしながら…自分がどういう格好をしているか、とかどういう顔をしているか、
ということにあんまり気付いていないタケルらしい反応の鈍さです。
こういう性格が結構いろんなところで罪作りだったりするのですよね…。困ったやつです。
…どうも失礼しました…(笑)