仮寝の夢

日高見国(ひたかみのくに)に到る途上、立ち寄った常陸国(ひたちのくに)のある村でタケルの一行は思いがけない歓迎を受けた。行く先々で様々な抵抗と武力による制圧を覚悟していた立場にとって、友好的に対峙されることはしごく望ましく、また静かに話し合いも出来る姿勢に運べることもあり、タケルも一息つく思いになれるのだった。

 

夜になり、ささやかな宴が設けられた。素朴だが心づくしの料理と言葉少ないが柔らかなもてなしをしてくれる女達。村長(むらおさ)と二人で酒を酌み交わしながらの会話。昼間に見回った際に聞いた治水面の問題に関して、灌漑設備などを提案してみる。村長はことのほか喜び、タケルもまた幼い頃に久礼波に教わった見よう見まねの技術でも、具体的な役に立てるのが喜ばしかった。武力ではなく、技術で。自分に出来ることの可能性がひとつ増えたような気がする。タケルの心は静かな幸福感に満たされていった。

そのせいか、本当に久方ぶりに酔った気がする。心地よい倦怠感と睡魔。ほんのひとときタケルはまどろんだのかもしれない。ふと気がつくと、村長や給仕の女達の姿が見えない。ただ頬を紅潮させた村長の娘がひとりでそばに座っていた。娘からの一献を受けてタケルは彼女に言った。

「ありがとう。私はもう寝むから…」

下がってもいい、と告げたつもりだった。しかし娘はその場に座ったままで動こうとしない。そして耳まで赤く染めて小さな声で話す。

「でも…あの…わたしは父から言われております。…その…朝までお供するように、と…」

(え…?)

一瞬、そのことの意味が呑み込めなかった。

 

 

 

タケルはいままでの旅の途上で一人で夜を過ごしたことがほとんどなかった。野宿も多かったし、走水に到るまでは常に弟橘媛がそばにいたし、彼女をなくしてからは弟彦が、あるいは武彦がそばにいたから…。

しかし、恭順と忠誠の証として、その土地の首長の娘を差し出すという歓迎は、別に珍しいことではなかった。現に父大王などは各地でその歓迎を受けている。ただ単に血が繋がったというだけの兄弟が実は何人いるのか、はっきりとわからないほどだ。子供を設けることによって、その関係がより強固なものになることを期待されている。

 

 

ようやくそのことに思い当たったタケルは絶句する。頭の中が空白になった。こんな場合のことなど、いままでまったく想像していなかった。もてなしを受けないことで、村長を失望させることや娘に恥をかかせることになるかもしれない。けれどもいまはとてもそれを受け入れる気持ちにはなれない。

(困った…)

 

 

 

頭の中はほとんど恐慌状態だった。考えようとすればするほどに、適切ないいわけが思い浮かばない。

「すまないが…副将(そえいくさのきみ)を…弟彦を呼んでくれないか。大事な相談があったんだ」

必死に口にした一言がそれだった。我ながら、なんというまずい言い逃れだろうか、と瞬間的に自己嫌悪に陥ってしまったが、頷いた娘が去るのを認めて息をついたのは事実だ。

 

 

 

ほどなくして、娘に先導された弟彦が現われた。弟彦も別の部屋で饗応を受けていたのだが、酌をしてくれた娘の肩を抱き寄せた時点で呼び出しを受けたのだ。そのせいか、いささか不機嫌な様子にも思える。弟彦を残し、礼をして立ち去る娘を見送って、タケルは本当に安堵の息をついた。

 

 

ほんの一瞬、立ち去る娘の表情に安堵と残念そうな複雑な表情を認めて、弟彦にはおおよその察しがついた。

(まだ、こいつには酷だよな)

弟橘媛喪失の痛みから立ち直るのに随分かかった。その傷はいまだ完全に癒えているとは言えない。明らかにそれ以前よりもタケルは人を愛することに臆病になっている。ゆきずりの娘のことなど、仮寝の夢だと割り切ることが出来る性格ではない。ひとたび情をかければ放っておけなくなるに決まっている。その勇気がまだ持てない。ならばはじめから関わりなど持たない方がいい。弟彦にはその気持ちが痛いほどにわかった。不器用なやつだと思う。

(まあ、それがこいつの良さでもあるんだが)

 

 

 

「それで?話というのはなんだ?」

わざと意地悪く聞いてみる。

「…いや、その…たいしたことじゃないんだけど…」

頬を染めてしどろもどろになっているタケルがおかしくて笑みが洩れる。

「とにかく助かった…」

本当に安堵したタケルはたちどころに強い睡魔に襲われた。そのまま崩れるように倒れこむなり眠ってしまった。微苦笑しながらも弟彦は少し面白くない。本当にダシにされたと怒る暇もなかった。やすらかな寝息をたてているタケルに話しかける。

 

 

「襲うぞ、こら」

口付けても、はだけた胸元に指を這わせてみても、タケルはまったく眼を覚まさない。安心しきった熟睡に入ってしまったようだ。傍らに添い寝して床に流れ落ちた髪を弄びながら、弟彦はタケルの寝顔を見ている。

 

 

 

この腕に組みしいて、身も世もなく乱れるのを受け止めていたのは、まだついこのあいだのことなのに。タケルの方が普通の精神状態ではなかったとはいえ、確かな悦楽に溺れることでかろうじて支えることが出来ていた様子だったのに。艶めいたあの時のタケルの表情や声や、もろもろの記憶が弟彦の胸を掻き乱す。

いまひとたび、滅茶苦茶になるほどに抱いてしまいたい。灼け付くような凶暴な衝動が弟彦を襲う。

 

けれどもかくも安心しきった面持ちで眠り込まれてしまうと、かえってなにも出来なくなってしまう。オグナの時代の無垢な表情が見え隠れする。それに気付いてしまうともう駄目だった。この寝顔をかき消すことが非常な罪のように思えるのだ。

もう一度口付けて、弟彦は起き上がった。今宵は酒を友とするより他に方法はないようだ。

 

 

-------守護の神には長い夜になりそうだ。

 

すいません。「山」も「オチ」も「意味」もない、という点で本当に本来の

「やおい」というのを書いてしまいました(汗)

いや、もう現在では本当の「やおい」って意味を知らない人の方が多いような気がしますが、

もともとはそういうことだったんだよ。

 

これは単なるエピソードのひとつに過ぎません。

でもしごくうちのキャラクターらしいので、結構以前から書いてみたいシーンではあったんです。

無自覚に罪作りなタケルと結局はタケルに弱い弟彦と。

こういう関係ってどういうんだろうなあ、と自分でも不思議に思うんですが、

恋愛ではなくても他の誰にも替えがたいつながりであることは確かです。

ひとつの理想かもしれません。どんなふうに感じていただけるかは人それぞれかなあ、とも思うのですが。

平和なエピソードです。弟彦の気分のみは別としても(笑)

 

 

なんか最近あまり絵に対しては新鮮な試みをしていなかったりします。

でも今回はきちんとペンを入れました。それでもって背景は別描きです。

当時の夜はきっともっと暗いだろうと思うのですが、そうすると表情が見えなくなるので、

ありえない明るさで描いてます。時々映画なんかですごく暗い画面があって、

リアリティはあるんだろうけど、見えなくてイライラすることなどがありまして。

だからやはりムードよりも明るさ優先にしてしまいました。

絵だから出来ることかもしれないですけどね(笑)

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